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福井県嶺南、若狭町、若狭地域の観光情報などを記載
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熊川宿
熊川宿
福井県三方上中郡若狭町熊川
●交通:舞鶴若狭自動車道小浜西ICから車で30分
    北陸自動車道敦賀ICから車で30分
●お問合せ:0770-62-2711

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若狭町熊川宿は、若狭から京都を結ぶ重要な宿場で、大陸文化の受け入れ口の一つでした。奉行所、番所、お屋敷の跡が残り、情緒あふれる街道沿いは、昔ながらの用水路が流れています。豊臣時代から藩政末期におよぶ文庫書・御用日記なども保存されています。

http://kore.mitene.or.jp/~omatsu/saba/
熊川宿の誕生(交通と軍事の要衡)

大正15年(1587)秋、若狭の領主となった浅野長吉(長政)は、翌年には国境の熊川の地を検分しています。ここが大切な要害の場所でることを認め、天正17年正月には「諸役免除」の判物(お墨付き)を与え、熊川の発展を図りました。熊川を通すなど、宿場町としての整備にも力めました。この政策は、木下、京極、酒井の代々の領主・藩主に受け継がれて、最初40戸ほどの小村だった熊川は、200戸を超す宿場町となり繁栄しました。また、熊川には陣屋も設けられ、町奉行所、番所(関所)、藩の米蔵などが置かれ、荷物を中継する問屋も軒を連ねることとなりました。
浅野長吉の判物をはじめ、代表の問屋が交代で書いた「御用日記」など、多数の文書が今も大切に保存されています。
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